設計者上がりの建築コンサルタントブログ

建築コンサルタント、プロジェクトマネージャー、コンストラクションマネージャーの視点

「変な家:雨穴(著)」レビュー:建築専門家の目線から(一部ネタバレあり)

変な家を読んだリアクションイメージ(画像生成AIによる作画を編集)

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1.イントロダクション・この本を選んだ理由

以前に書店で平積みにされているところを目にしたことはあった様な気がしますが、その時は不動産会社が仲介で使用している間取り図の変な描写を面白がる類の本かと思っていました。
かなり売れている本との事、さらに映画化もされるという情報も知り、サブスク契約しているAmazonのオーディオブック「Audible」の聴き放題対象タイトルに選定された事と、建築が題材となっている作品であることから、読んで(聴いて)みることにしました。
※「Audible」ではビジネス書はもちろんのこと、小説においても通常の作品では登場人物が何人も登場するようなものであっても一人の朗読者が声音を変えながら複数人の役を演じるパターンが多いのですが(子供に対するお母さんお読み聞かせみたいな感じ)ですが、本作では登場人物ごとに朗読者が変わる仕組みで、ラジオドラマの様な印象で聴きやすかったです。

果たして、建築業界以外の人達が建築への興味を持つきっかけになる様な本かどうか。。。

2.本の紹介

謎の覆面作家・雨穴デビュー作!!
「読み出したら止まらない」と大反響
売れ続けて90万部突破
映画化2024年3月15日公開

YouTubeで1700万回以上再生のバズ動画
あの「【不動産ミステリー】変な家」には
さらなる続きがあった!!

謎の空間、二重扉、窓のない子供部屋——
間取りの謎をたどった先に見た、
「事実」とは!?

 

知人が購入を検討している都内の中古一軒家。
開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、
間取り図に「謎の空間」が存在していた。

知り合いの設計士にその間取り図を見せると、
この家は、そこかしこに「奇妙な違和感」が
存在すると言う。
間取りの謎をたどった先に見たものとは……。

不可解な間取りの真相は!?
突如消えた「元住人」は一体何者!?

本書で全ての謎が解き明かされる!

<目次>

第一章 変な家

第二章 いびつな間取り図

第三章 記憶の中の間取り

第四章 縛られた家

 

Amazonより引用

3.著者:雨穴

雨穴(うけつ)は、日本のウェブライター、ホラー作家、YouTuberである。本名や素顔だけでなく、地声も非公開の覆面作家である。
2018年からWebメディア「オモコロ」でも活躍し、YouTubeチャンネルは、登録者数116万人の人気を誇る。

wikipediaより

4.読書後の感想

・間取りの不自然さからミステリー話を展開するという着眼点は面白いと思いましたが、私としてはプロローグからしてツッコミどころ満載で、次々と繰り出されるあらゆる設定に違和感を感じてしまってストーリーに没入できませんでした。
これは建築業界に居る者の職業病的な性質から来るものでしょう。
うらめしや!職業病。

■プロローグ

これはある家の間取りである。

あなたはこの家の異常さがわかるだろうか。

おそらく一見しただけではごくありふれた民家に見えるだろう。

しかし注意深く隅々まで見ると家中そこかしこに奇妙な違和感が存在することに気づく。

確かに異常です。それは普通に住宅に住み、暮らしを営む人ならば感じる違和感のはずです。生活感が感じられないというか、これじゃあ普通の生活できないでしょという感じ。
・キッチンに冷蔵庫や食器棚を置くスペースがありません
(※映画版の間取り図では冷蔵庫置場がありました)
・キッチンで作った料理をダイニングに運ぶのに扉を2か所も開けて遠いなあ
・戸建て住宅なのにキッチン付近に勝手口が無い(ごみ捨てにリビング通過するのね)
 ⇒この家の住人はきっと調理しないんだろう(コンビニ飯や宅配飯)
・テレビを置くスペースはどこなんでしょうか(テレビは観ない人?)
・ダイニングの真横がトイレって何かイヤな感じ
・玄関では靴を脱ぐ家
・収納家具を置けるスペースがあまり無いけど、ミニマリストの家?洋服はどこに仕舞うのだろうか?
・洗濯機は2Fの脱衣所か洋室の洗面台付近にでも置けるのだろうか?
・各種のドアの幅や入り組んだ廊下の折れ曲がり具合から鑑みると大きな家具や家電製品を運び込むことは難しそう(全てイケアの組み立て家具を入れるかな?)
・2Fの子供部屋は窓が無いけど、屋根に天窓があるのかな?採光が無いと建築基準法違反だが。。。確認申請は納戸やサービスルームなどの扱いで申請したかな?
・この間取り図は不動産屋さんが作成したポンチ絵なのか設計図なのかどちらなんでしょうか。不動産屋さんの作成している間取り図はスケールアウトしていたりドアを書き忘れていありそもそも正確性欠けるものが多々あるもの
・そもそもこの家は家具付きの不動産案件なのでしょうか(不動産屋の間取り図に家具まで記入されている事はほとんど無いはずです)
・この家の構造はどの様に成り立っているのか?(上下階で壁位置がほとんど合ってない)
※謎の空間として1Fのデッドスペースにやたらフォーカスしているけど、そんな感じの配管を通すスペースなんてよくある話

■主人公のフリーライターに物件の相談をした知人のヤナオカさんが物件の内見を夫婦で行って理想的な物件だと思ったって設定に違和感
・こんな生活し辛い間取りを奥さんが女性目線で見たら良い案件なんて評価になるものか?

■主人公が間取りの相談をした、大手建築事務所に勤める栗原さんという建築士のポンコツさに違和感
・変なオカルト性を空想・推理する前に間取りの使い勝手の悪さに気づいてほしい
・大手建築事務所に勤務しているのにアパート暮らしって、建築の設計の仕事をしている人って自分の住環境や家具にもこだわりを持つものだと思いますけど、人物設定からして無能建築士にしか感じられない。
・彼のひけらかす知見がプロらしくなくて笑ってしまった

 

※変な家についての建築専門家のレビュー記事はほとんど見つからなかったのですが、この方の記事には私も同感でした。

「変な家 :雨穴 (著) 」を変な予備知識で変な楽しみ方をした(ネタバレあり) - smogbom

 

■全般的なストーリのご都合主義に違和感

・主人公と栗原さんという登場人物2人の会話は、現実世界では普通はそんな会話にならないだろうという流れで進んで行き、その無茶苦茶な推理が的中していくというご都合主義で置いてけぼり気分になってしまった。これが異世界やパラレルワールドの日本とかなら違和感スルー出来るんですけどね。現代の日本が舞台なんだからもう少し設定や人物描写にリアリティが欲しかったところ。
・子供に殺人をさせているという推理、普通しますかねー?1Fの謎の空間を刃物を持ってよじ登ったうえで浴室の床の防水マンホールを開けて浴室内に侵入し、浴室にいる客を背後から殺すって、その子供は特殊部隊で訓練を積んだって設定はどこにも描かれてなかったですね。格闘技とか経験してみると、人を倒す(殺す)には体格や体重の差が大きく影響するもので、小学生が大人を殺すとなると飛び道具が無いとリアリティを感じにくいですね。
・話が進むにつれ、ある一族の歴史につながり、まるで角川映画の横溝正史の世界かと思う様な暗い因習の話になってゆくが、人物や心理描写が浅くて共感し難いものであった。現代の日本、ましてや首都圏地域でその設定はちょっとなーという感じ。横溝正史の小説の如く、昭和初期や戦後まもなくの地方の設定ならばまだ違和感は薄らいだかもしれないですね。

※映画のパンフレットを見たら間取り図が記載されていた。小説版のものと見比べるとマイナーチェンジされていた。小説版の間取りよりは映画版の間取りの方が多少マシになっている。映画化に際してあまりにも酷い部分は補正したのだろうか。
※映画では建築士の栗原さんをは佐藤二朗氏が演じる様だ。小説版で感じた違和感を佐藤氏の怪演と超越したキャラ設定で気にならなくさせる程の破壊力があるかどうかが少し興味あるところ。(お金出してまで観に行くかというと?ですが、アマプラに出たら見るかもです)

6.建築業界にとっての価値や業界PR効果

家の間取りに興味を持ってもらう入口になれば良いと思うものの、家の間取りの本来の不自然さよりも無理矢理設定されたミステリー的要素が強調されている印象のため、建築や住宅に興味を持ってもらう入口となる度合いは低いだろうと感じた。
作品レビューの高得点のコメントを読んでみても、そんな事を気にしている読者はほとんど居ないと感じた。
そもそもそういう類の作品ではないから仕方が無いですね。

7.建築業界の人たちへ

建築的知見のある皆さんには、ツッコミ所満載の作品と言えるでしょう。
生暖かく見守ってゆるーく読んでみるか、いちいちツッコミを入れながら読んでみるか。職業柄、細かいことが気になってしまって物語には没入し難いかもしれませんが、別の意味で楽しむことが出来るかもしれないですね。

8.今回のまとめ

個人的な印象としては、せめて物語の舞台が現代の日本でなければ、もう少しストーリーに没入できた様な気がします。

例えば異世界やパラレルワールドの日本、これならファンタジーとして細かい描写の違和感には目をつぶれたでしょう。或いは自分の知らない昭和初期や戦後まもなくの日本であれば古い因習や情弱な人の考え方についても違和感を持ち難かったかもしれません。
とはいうものの、売れている作品ではあるので何かが人を惹きつける作品であることは間違いないでしょう。レビューの高評価数を見てもこんなひねくれた鑑賞の仕方をするのは少数派だということがわかります。

映画や小説といった創作物には、様々な職業が舞台として選ばれることがあります。これらの作品は、特定の職業についてあまり知らない人たちにとって、新鮮で興味深いものとなり得ると思います。未知の世界への扉を開くかのように、見る者や読む者を惹きつけ、想像力を掻き立て、知識が拡張したようにも感じるのではないでしょうか。

しかし、その一方で、描かれている職業に実際に従事している人々からすると、物語の現実離れした設定や不正確な人物描写に対して違和感を覚えることも少なくありません。例えば、軍人が登場するミリタリー系ドラマ、警察官が主人公の警察ドラマ、または医療従事者の日常を描いた医療ドラマなど、その職業に従事して専門的な知見を持つ人々には、ドラマでの誤った描写や非現実的なシナリオに目をつぶることが難しく、結果的に物語に没入することが困難になりがちになるのかもしれません。不自然な場面に対して内心どころか口に出して突っ込みを入れたくなることでしょう。

建築業界を扱ったドラマは、ミリタリー系や警察系、医療系などに比べるとその数が少ないため、これまで私自身も注目する事はありませんでした。しかし、もし建築に関する正確でリアリスティックな描写がなされた作品が増えれば、一般の人々にもこの興味深く、多面的な職業についての理解が深まることでしょう。創作物が、職業に対する誤解を解き、より深い理解を促す手段となる事を望むものです。

創作物における職業の描写は二面性を持つと思います。一方で、それらは知られざる世界への入口となり得るものですが、他方で、その職業のリアリティを重んじる人々にとっては、作品の楽しみ方に影響を及ぼす可能性があります。それでも、これらの作品が、異なる職業への興味を持つ機会を提供することは間違いなく、創作物の大きな価値の一つであると信じたいものです。